水戸芸術館「アンサンブルズ2010ー共振」

あと5日で終了のこの展示。
水戸が少し遠いな…とばかりに、ようやく昨日、はじめて行ってきた。
ああ、やっぱり。
やっぱりだ。
なぜ、なぜ、もっと早くに来なかったのか!
思った通り、この後悔がやってきやがった。
10月10日(日)~2011年1月2日(日)っていう会期の長さで、いろいろな関連イベントがあるって知っていたけど、忙しさにかまけて全部スルーした自分がにくらしい。
でもしょうがない、もう過ぎたことはしょうがない。
過去はもう来ないのだ…!

しかし、未来が来るのはこれからだぞ♪ なので…

みなさん、お勧めします。
水戸芸術館「アンサンブルズ2010ー共振」という展示を「聞きに」行きましょう!

普通の、美術館の展示と同じように、目で見ようとしてもだめです。あ、だめっていうのは言い過ぎ。っていうか間違い。視覚的にも、あっと言わせるような仕掛けがたくさん、ときにはあからさまに、ときにはひそやかに、ときには変化球的に、ちりばめられているから。

でも、その「ちりばめられた」視覚情報と聴覚情報の出会いが、あたたかな雄弁さを生み出す。
もののたとえですが、目の前に、顔も洗っていない、汗臭い、あたまがぼさぼさの人がいるとして。
その人が、か細くても、とても印象的な声で、なにかを発語しているとして。
その発語内容が、ひとたびこちらの心に刺さると……どうしても、それを継続して聞き続けたくなる。
聞き続けないと、いけないんだ、という思いに駆られる。
そんな物語が、ひとつ思い浮かびます。
いや、それだって、無数にあるうちのひとつの物語にすぎない。

この展示を「聞いた」あとは、見知らぬ人に話しかけたくなります。
「はじめまして」ってね。
自分以外の人に、耳を傾けたくなります。
いや、ほんと、ほんとだよ。

でも、「聞こう!」としないとだめですが。
これは、ほんとにだめですが。
じっと、じっと、聞いてみる。
これが、イインダナあ~~~

もしもラッキーにも、大友さんの奏でる音を聞きながらお散歩をする企画のヘッドホンを借りられたら、その人はさらにラッキーだと思うな。
これはほんとに楽しかったのだけど、会期中に、これがどんなにハッピーなシロモノかをばらしちゃうと、残念だから、それは、今は言わないよん。

というわけで、おすすめ、おすすめ、おすすめ。
わたしは、16日の午後とクロージング・ライブに、もう一度、行きます。
2010年の、大みそかにようやく到達。
昨晩、ジロドゥがらみの書きもの2つ、仕上げました。大みそかと三が日にはベンキョもドクショもできないのをいいことに(?)少し頭を冷やして、そのあとでもう一度読みなおし、足りない情報や註を足しこんで、入稿させていただきます。ぎりぎり、せーふです。すみません。

そんなこんなで、今年の終わりまであと数時間、というところになってようやく、年の瀬なんだなあという感慨がわいてきました。

20歳を超えたくらいから、1年が過ぎるのがものすごく早くなったのですが、どうしたことか、2010年は、ただ単に「早かった」とは言い切れない気がします。
2010年のテーマは、「やりたい」でした。
2009年は「過去と未来をつなぐ」
2008年は「恩返し」
2007年は「一矢を報いる」
2006年は「実りの年」
でした。
2010年は、やりたいと思うことをどんどん、あまり迷わずに、ある程度は見切り発車的なところもありつつ、やってしまった年だったという気はします、確かに。そのせいかもしれないけれど、なんだかえらく「目のつんだ」時間でした。
今年の出来事ベスト5とかベスト10とか、まとめられそうにないなあ……いろいろありすぎた。

でも、今年やりはじめたこと、というのもいくつかあって…
ジロドゥを軸足にして、もう片方の足を、でっきるだけ遠くへ踏み出すこと、とか。
みんなで一緒に読んで、一緒に考える「読み会」とか。
ひとりで歌舞伎を観ること、とか。

あとは、2009年3月の『転校生』ショックが、わたしにとって何なのかっていう問いを、常に咀嚼しつづける1年だった、てのもある。ていうかそれはもしかすると依然として、一番大きかったかも。
そして、この問いを常に目の前の人参みたいにぶらさげて暮らしながら、ふと振り返ってみると、2008年までに組み上げてきたものたちが、めりめりめりっと、音を立てて、思いもよらない脱皮をはじめてしまったような、そんな感じもある。

2011年のわたしのテーマは、もう、決定してます。
「クラシック」
です。

「クラシック」つまり「古典」ですが、これは一般的には「基礎」という言葉とニアイコールなのかなと思います。
そして、「安定」とか「きれいさ」とか「説得力」、あるいは「権威」みたいなものも、連想する言葉です。
実は90年代に、修士論文でフランスの古典劇を扱ったこともありました。
モリエール、ラシーヌ、コルネイユ。
フランスの高校生が学ぶ文学の「基礎」です。
でも、わたしが2011に求めたい「クラシック」は、それが「基礎」だからでも、「権威」だからでもない。
「クラシック」さえやっておけば安心、と意味の「クラシック」じゃない。
「クラシック」は、それが成立するにあたって、たくさんの人々の努力と痛みがはらわれたのだし、それが成立したがゆえに、なかったことにされてしまったことがらも、きっとたくさんある。
いま私はどうも、「クラシック」が引き受けた「責任」とか「覚悟」とか「悲しみ」みたいなものに、興味が向いているみたい、なのです。
「きれい」にみえるものや「説得力のあるもの」は、なんの理由もなしにきれいなのでも、説得力があるのでもなくて、むしろ、ものすごおく、たくさんのものを、引きうけているから、きれいだったり、説得力があったり、するんじゃなかろうか、と。

わたし自身は、「引きうける」ことは今もこれからもできそうにないけど、、「引きうける」ということを引き受けた人やモノのことは、どうしても、気になるし、理解してみたい。
そういう人やモノのことを、考える1年にしてみようと思います。

来年もどうぞ、よろしくお願いします。
みなさん、どうぞよいお年を。
# by apresthese40 | 2010-12-31 22:13 | よしなしごと
二つ前の記事で、沢田研二のyou tube動画をはりつけたせいで、人さまをお待たせしすぎている原稿二つと格闘を続けるわたしの脳内で、ずっと「カラブランカ・ダンディ」が流れ続けている。
聞きわけのない女の頬を 
ひとつ ふたつ はり倒して
背中を向いて煙草を吸えば
ほかになにもすることはない
ボギー ボギー
あんたの時代はよかった
男がピカピカの 気障でいられた
ああ、こんな歌詞のJ-POPは、これから先の日本に、生まれるんだろうか。
いや、問題はそんなことじゃなくて。
こんな歌詞のJ-POPを、うっとりと聞かせることのできるシンガーは現れるんだろうか。
ああ、「あんたの時代は」よかった。
70年代はまだ、人間の身体は臭くてよかった。
「男が女をはたく」という歌詞を、うっとりと聞けるようなコンテクストがあった。
煙草も、煙草くさい息も、かっこよさの象徴だった。

小学生とのき、クラスメートに、「いっちゃん」という男の子がいた。
ぜんそくだかアトピーだかの治療のために、ステロイド剤を大量に摂取しているという噂だった。
ムーンフェイスで、とっても太っていた。
そして、1~2か月に一度、掃除の時間や休み時間に、突然うお~~~~と言って机を真上に持ちあげて投げる。
みんなはそれを「はっきょう」と呼んで、恐れかつ面白がった。
このいっちゃんが、「カサブランカ・ダンディ」がヒットした後、どうしたことか「いっちゃんボギー」と呼ばれるようになった。
いっちゃんは、今思い出すとなかなか端正な顔立ちだったけれど、沢田研二には似ていなかった。
どうしてボギーなのかわからない。たぶん語感が、子供たちにとってはピタッと来たんだろう。
たぶん、クラップが「スプール!」と嬉しそうに発語するのと同じようなもんだ。
それにしても、今にしておもえば、いっちゃんが授業中に「はっきょう」をした記憶がない。
いっちゃんはいっちゃんなりに、「はっきょう」する場と時間を、ちゃんと選んでいたのかもしれない。

ある日のこと、いっちゃんは「はっきょう」をはじめた。
机を持ちあげながら、「おれはボギーじゃねえ!」と言っていたと思う。
「ボギー」というあだ名が気に入らなかったのか。よくわからない。
その時、クラスで一番スポーツができて、バスケットボールのヒーローで、一番女の子にもてた男の子が、いっちゃんに話しかけた。
いっちゃんが「はっきょう」をしたときには、かならずその子がいっちゃんをなだめていたような気がする。
その日その子はいっちゃんに言った。
「いっちゃん、ボギーじゃないもんな、バギーだもんな」
妙にフレンドリーなその一言は、どうしたことか、30年以上経つというのに、わたしの頭のなかにこびりついている。

中学にはいり、その男の子は「不良」になったと聞いた。
そのあと、人の親になったとも聞いた。
いっちゃんも、その男の子も、わたしとはたしか、中学まで一緒だった。
でも、中学では、いっちゃんは「はっきょう」をしなかった。
そして、中学で、その子がいっちゃんと仲良くしていたかどうかも、覚えていない。

「カサブランカ・ダンディ」をエンドレスで脳内リピートしながら、そんな遠い記憶もまた、脳裏を旋回する、年の瀬。
# by apresthese40 | 2010-12-29 15:30 | よしなしごと
『摂州合邦辻』12月25日、日生劇場で楽日。
面白く見ることができた。のべにして40分ほどうとうとしていたと思うが、是非、文楽でも見てみたいと思った。
義理の息子への恋慕(これが本心なのかどうか分からないところがこの狂言の魅力を倍増させている)という主題は、ラシーヌの『フェードル』を思わせる。
けれども、主題の提示の仕方が、『フェードル』においてよりもずっと込み入っているので、よほどずしんと重たかった。
感想はいろいろあったんだが、三つほどあげておく。
まず、「耐える女」を称揚するメカニズムの精巧さが恐ろしいと感じたこと。
そして、惚れた男に対する思いを遂げる女としての玉手御前は、およそフェードルとは比較にならないすさまじい女だということ。その「すさまじさ」だけを比較するならば、むしろ王女メディアに近いような。
そして、特段のファンタジー色のない場面設定と舞台装置でありながら、観劇後には、どうしてもファンタジーを見たような印象が強くなるのが面白くて不思議だとおもった。このあたりは、ストリンドベリを思わせる。

歌舞伎の批評や感想は、役者の演技について云々することが「正道」なのではないかと思っているのだが、わたしは、それができるほどには歌舞伎役者を知らない。それができるようになる日が来るかどうかも、今はまだ分からない。

以上が、かいつまんでの感想。

ところで。
じつは今回が、わたしは「一人で見る歌舞伎」デビュー戦だった。
そう。わたしは、歌舞伎に一人で行ったことが、これまでにただの一度もなかったのだ。わたしは、これまでに、日本演劇には、決定的に「出会った」ことがなかった。
「歌舞伎ってよくわかんなあい」と口にする10代の若者の思いは、そのまま、わたしの思いと同じだった。
でも、海外に出ると、日本から来た人間だから歌舞伎のことはよく知っているだろうとばかりに説明を求められる。
なけなしの、教科書的な知識をなんとなく披露するが最後、矢継ぎ早に発せられるより各論的な疑問の一切に回答を持ち合わせるはずもなく、シレシレとそれらしい返事をする。
そういうことをやってしまったあとは、その日はもう使い物にならないほどに憔悴するとわかっていながら、そんな場面をこの20年間に何度経験してきたことか。
それでも、「日本人として恥ずかしいから、きちんと勉強しよう」という発想が、わたしにとって真の動機づけになったことは、これまでに一度もなかった。
わたしには、「出会っていない」ものに、出会ったそぶりで関わるということが、どうしてもできない。…もっともこれはべつに、歌舞伎だけでなく、人間関係にせよなんにせよ同じことなんだが。

でも…。
ここ10年来、たくさんのひとたちの、さまざまな努力の成果として、日本と西洋圏の舞台芸術界における人的交流の流れが出来上がってきたんだなあと感じている。フランスの舞台芸術はその筆頭だと思う。かの地で成功を収めた舞台作品が、日本で上演されることも、本当に増えてきた。
多かれ少なかれフランスに関わりながら、観劇のために海外を飛び回るためのモチベーションを持てないままに生きているわたしには、それらの舞台はみな「見ておいたほうがよい舞台」ということになる。「見たいから見る」のではなく、「見ていないとみっともないかもしれないから」から見るのである。
そしてこのスタンスは実は、自分が海外にいるときに日本の伝統演劇に対して持たされている距離感と、まったく同じなのだ。ということに、この秋、決定的に気付いてしまったのだ。
わたしは、日本の伝統演劇にも、フランスの現代演劇にも、要するに、「一般的に持つほうがよいとされているところの好奇心」を、持ってやしなかったのだった。

以前からうすうす分かっていたことだが、このことを自覚してしまったことは、結構、ショックだった。
そして、このショックの反動で起こったこと。それは、「わたしは、日本の演劇に出会いに行かなくっちゃいけない」というムラムラとした思いだった。
これが、今回、「勇気を出して」ひとりで歌舞伎を観に行った理由だ。
これからもこの「ムラムラ」が継続するかどうかはまだ分からない。
でも、一昨日見た日生劇場の舞台は、わたしの「ムラムラ」に、さらに火をつけた、ようではある。
今日は、横浜では大野一雄トリビュートのダンスイベントがあった。これまでに私がほとんど欠かさず見てきたおやつテーブルもここに参戦した。そして、美学校では、「わたしのすがた」について語り合う会というのが(終わったのか?まだやってるのか・・・?)があったりと、私としては逃したくないイベントが2つ重なった。
でも、残念ながら、今日はどっちにも、参加できなかった。

独協大学で開催された、Journee Pedagogiqueに参加したからだ。

Journee Pedagogiqueとは?
日本各地で努力を続けているフランス語教師の皆さんが、よりよい授業をつくるためにどんなことをしているのか、その実例を発表していただく、というもの。

私の中では極めて優先順位の高かったはずの二つのイベントには、涙をのんであえて参加せず、朝から松原団地へ向かい、3つのアトリエに参加、講演会をひとつ、そして、最後の立食パーティーまでたっぷりまる一日。

そして、今、いつもの通り、月曜日の会話の授業の仕込みを初めているのだが…。
うん。やっぱり、違う。いつもより、アイディアの出方が早いし、出てくるアイディアがそれなりに面白いと思える。
(もちろん、これが実際にOKかどうかは、明日教室で実際にやってみないと分からないのだが)

「教え方」なんて、人がどうやってるかをいちいち気にすることなんかない、大事なのは何を教えるかなのだから、「教え方」にこだわるのは、まやかしだ。という意見を持っている人も、世の中には、たぶん、たくさんいる。
でもわたしは、「教え方」にこだわろうとしないのは、教える側の奢りだというふうに感じる。
教える側の人間に、伝えたいことがある以上は、伝わるように努力しなくちゃいけないと思うからだ。
それに、「教え方」にこだわると、どうしても時間と手間がかかるのだ。正直、わたしも、忙殺されているときには「教え方」なんて所詮装飾なんだから、というなかばやけっぱちな気持ちになることもある。「教え方」なんて気にしない!とばかりに腹をくくってしまうほうが、負荷が少ないし楽なのだ。
ずっと一人で(そもそも教室では原則として教師はひとりだから、誰かに相談もできず、その場その場の判断で、自分でどうにかするしかないわけで)教えていると、だんだんと心がくたびれてきて、そういうふうに「やすきに流れて」しまいたくなるのだ。

だけど、こうして、いろいろな人が一生懸命、「教え方」のより良いあり方を工夫しているということを、たまに、でもしっかりと、知らされるたびに、軽く横っ面をはられたような気持ちになって、背筋がしゃんとするのだ。

せめて半年に一度くらいは、すごくうまい教え方をしている、たくさんの工夫がある、そんな授業を参観させてもらえたらな。そしたら、すごく、いいだろうなあ。

というわけで、明日の仕込みを続けます。

しかし・・・。
「ところで、アルトーさん」「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」「シンベリン」「ゾンビ」の感想を書きたいと思っているのに・・・時間がなあい!
もう書かないかもしれない・・・? ううう。
# by apresthese40 | 2010-12-05 22:23 | 仕事がらみ
シャカイジンとしての一般常識に照らすとこの日記よりも優先順位が圧倒的に高い書きものがあるのだが、どうしても、今日のうちに、書いておきたい。
記憶が走り去って見えなくなってしまう前に。
「わたしのすがた」と「ところでアルトーさん」のこと。

まずは「わたしのすがた」について
あれ?これって今日が最終日だっけか? 違う気がする。
やっぱり内容には触れんどこう。
楽しめたか、楽しめなかったか、というと、よくわからない。
けれども、ひとつひとつのパーツに、すごく集中して見ることができた。
なぜ、集中することができたのか、わからない。
ひとつには、普段の生活ではみられない、さまざまな、すごいことが、舞台で繰り広げられていたから、だと思う。
ただ、ちょっと思ったのは・・・。
普段の生活ではみられない、さまざまなことを、舞台上でなら見ることができる、としても、それは、所詮は舞台の上の出来事であって、その「非日常性」は、わたしの生を侵食してはこなかった、そんな印象があった。
要するに、脳天をかち割られる感じがなかった。
要するに、わたしは、この作品には、出会えなかった、ということかもしれない…。
けれど、それなら、すごく集中して見た自分がいたという事実はどう説明されるべきか。
これも、わからない。
いずれにせよ、昨日見た地点「ところでアルトーさん」の記憶は、吹き飛ばされるどころか、今日もしっかとわたしの脳裏に鎮座している。
いや、鎮座している、という、印象がある、という状態というべきか。
F/Tのおかげで、「見るべきものを見ておこう」という向上心のようなものを一点集中で満たせるようになったのは、ものすごく喜ばしいことだ。
でも、F/Tだけでもイベントの量がハンパない。
行きたいと思うものの三分の一くらいしか行けない勘定だ。
大学でも11月は学会シーズン。
これまた、すごく行きたいものをあきらめたりした。
体力のある人は、あきらめずにハシゴして、見たいものの8割は見る!というつもりでがんばれるのだろうけれど、私はだめだあ、なさけないが・・・。

これはしょせん夢かもしれないけど、でも、言ってみよう。
11月の「パフォーミングアーツ狂想曲」「リベラルアーツ狂想曲」のテンションを、ひとつきではなく一年にならすことができたら。
いや、ことはそう簡単でないのは、わかる。
でも、たしかに、「あれ?今月あんまり舞台観てないような・・・」と思える月は、ある。
そういう月に、すこしでも分配できたら・・・。

いや、これは、観る側のわがままでもある。
収穫の秋こそ祭りが多いのは、そもそも当然なんだから。
だけど、どうすれば?

ただ、こうして逡巡しつつつも、はっきりしていることがひとつ。
こんな悩みは、20代のわたしは持っていなかった。
観たいという欲求が刈り込まれていたし、観なくてもあせらなかった。
これは、私が若かったからってだけじゃない気がする。
今のほうが、ぜったい、演劇は、面白い。面白いからこそ、「観られない」という悩みが浮上するんだ。
ということは、いっそ「観られない」くらいがちょうどいいのか、とも思ったりする。

わからない。
まだ東京公演終わっていないので、内容に触れる話はしないでおきますが。
しびれました。
安堂信也訳「演劇とその形而上学」(絶版)を図書館で全文コピーして自分で糊付けで簡易製本し、さあ!と2,3頁読んでもう全然ついていけなくなったのが今から20年前だったか。
その後、ポッシュ版も買い、再版され名前も「演劇とその分身」に変わったものも買った。
10年前、テーズを書く前に通読したが、ほどなくして、本の内容は記憶から抜け落ちてしまった。
そんなこんなで、アルトーに「出会った」ことがないまま20年。
でも、この舞台のせいで、この遅れてきた出会いがついに実現してしまったような、そんな感慨がありました。

終演後にご挨拶した三浦さん、そしてスタッフの田嶋さんは、メールや本などで「お会いしていた」イメージと、同じ雰囲気をかもしておられました。三浦さんがすらっと背の高い方だったということだけをのぞけば、頭のなかで思い描いていた感じと、お会いしての印象がほとんどおなじ。
この二つのイメージに差がない、ということが、かなり珍しいことであるということを、この年になって実感する昨今、むしろ意外で、そして、有難く嬉しい瞬間でありました。

後日レビューをUPしたいところ。
25日の講演つうか発表「イメージとのたたかい―フジタとジロドゥ:知られざる「邂逅」の物語」の準備がパツパツで、これが終わらないと書けないのが苦しいところだが・・・。
http://www.waseda.jp/bun/activities/lecture/
10月30日まで謎のヴェールに包まれ続けていた、飴屋法水「わたしのすがた」見てきました。
今日の今日、チケット情報が公開され、そして今日から催しもの本体がスタート、よって今日の分は希望者は、予約なしで現地に直接向かい、適宜チケットを買って入場、という流れ。
雨模様だったせいか、人が殺到する様子もなく、18時をゆうにまわっていましたが、入場OKでした。

全部見るのに1時間から2時間くらいかかります。2時間みてほうが、総合的に考えて、安心かも。
そして今日は、台風が来ていたせいもあって、長靴をはいて行きましたが、よかった、はいておいて。小雨くらいならいらないかもだけど、今日くらい、雨が一日降ったりやんだりした日は、長靴はいているほうが安心だった。特に夜は、ちょっと足場も悪いので・・・。

理解できるかできないか、という尺度でものを言うとしたら、これは、何回見たからって理解できるような作品ではないと思います。
でも、こういうものは、今もこれからも、そんなに簡単には見たり聞いたりできない、ということを、強く感じました。
不動産を使って、というコンセプトは、過去にikkennya museum(前田愛実さんたち)や、現在進行形の墨田区の旧アトレウス家、そして、わたしは見たことないのだけど、ほうほう堂なんかが、トライしてきたわけですが・・・。
そういう、他のアーティストによる作品が、人間の生きた身体が介入するつくりだったとすれば、この「わたしのすがた」は、生きた身体が使われないという意味で、特異な作品ってことになる。
でも、それじゃあ何の動きもないってことか、というと、全然そうじゃないわけで・・・。

会期中、もう一度行く必要があると思っています。
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